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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)11598号 判決 1982年8月27日

原告 原好作

右訴訟代理人弁護士 小川恒治

同 澤田保夫

同 畠山正誠

被告 木村己久吉

右訴訟代理人弁護士 山本博

同 荻原富保

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立て

一、請求の趣旨

1. 第一次請求(変更後の訴え)

(一)  被告は原告に対し、金七七七万九一〇三円及びこれに対する昭和五六年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え

(二)  訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める。

2. 第二次請求(変更前の訴え((二)を除く。))

(一)  被告が昭和五四年二月二六日訴外鈴木芳明との間でなした別紙債務目録記載債務についての引受契約を取消す

(二)  被告は原告に対し、金七七七万九一〇三円及びこれに対する本判決確定の日から支払まで年五分の割合による金員を支払え

(三)  訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに(二)につき仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の訴えの変更は請求の基礎に変更があるので許されるべきではない。

2. 主文同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 第一次請求の請求原因

(一)  原告は、訴外株式会社鈴木真珠店(以下「鈴木真珠店」という。)が昭和五二年九月二〇日訴外同栄信用金庫より八六四〇万円を借り受けるに際し、同店から委託を受けて右債務につき保証し、かつ原告所有の不動産に極度額八〇〇〇万円の根抵当権を設定した。

(二)  その際、鈴木真珠店の代表取締役訴外鈴木芳明は、原告の右金庫に対する右保証及び担保提供により原告が将来同店に対して有する求償債権につき連帯保証した。

(三)  鈴木真珠店は昭和五三年一二月八日不渡手形を出し同月一二日東京手形交換所より取引停止処分を受けたため、原告は、前記金庫より、鈴木真珠店に対し有している貸金残二四三五万八九一九円及び遅延利息の支払請求及び右支払がないときは前記(一)の抵当権を実行する旨の通知を受けた。

(四)  原告は、昭和五三年一二月二八日、右より訴外鈴木芳明に対して取得するに至った求償債権のうち一五六五万円を被担保債権として、同人所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき仮差押をし、更に右求償債権支払請求に係る昭和五四年一一月五日の認諾調書に基づき、同人の右仮差押に係る一五六五万円の仮差押解放金の取戻請求権に対し昭和五四年一一月三〇日差押及び取立命令を得た。

(五)  被告は、昭和五四年二月二六日の別紙債務目録記載の債務の引受契約(以下「本件債務引受契約」という。)に係る公正証書に基づき、昭和五四年九月二八日同じく右仮差押解放金取戻請求権に対し差押及び取立命令を得て配当要求した。

(六)  東京地方裁判所は、昭和五五年一〇月二九日の配当期日において被告に対し七七七万九一〇三円を配当する旨決定し、被告は右金員を受領した。

(七)  被告は、本件債務引受契約による訴外鈴木芳明の債務の弁済期は昭和五八年一二月末日であり、同人が期限の利益を失う事由も生じていないから同人に対し権利を行使することができないのを知りながら、昭和五四年三、四月分の約定利息が不払のため同人は期限の利益を失ったと偽り公証人から不法に執行文を得たうえで配当手続に加入し、原告が受くべきであった前記配当金七七七万九一〇三円を受領して原告に同額の損害を与えた(配当加入者は原告及び被告のみであった。)が、これは被告の原告に対する不法行為である。

(八)  仮に被告の右行為が不法行為を構成しないとしても、被告は右のとおり本来配当を受けられる理由がないのに配当手続に加入して前記配当金を受領しそれによって原告は同額の損害を受けたのであるから、原告は被告に対し同額の不当利得返還請求権を有する。

(九)  よって、原告は被告に対し、七七七万九一〇三円及びこれに対する不法行為あるいは不当利得の日の後である昭和五六年一〇月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2. 第二次請求の請求原因

(一)  原告は訴外鈴木芳明に対し前記の二四三五万八九一九円及びこれに対する遅延利息に係る求償債権を有している。なお、昭和五六年一〇月五日訴外同栄信用金庫に対する鈴木真珠店の元金債務の一部が支払われたため、原告の訴外鈴木芳明に対する求償債権は、一三二〇万五四六五円及びこれに対する昭和五六年一〇月六日から支払済みまで約定の年一割四分五厘の割合による損害金並びに前記求償債権二四三五万八九一九円に対する昭和五四年四月一〇日から昭和五六年一〇月五日まで同じく年一割四分五厘の割合による損害金の限度に減少した。

(二)  昭和五四年二月二六日当時における訴外鈴木芳明の唯一の資産は本件土地であったが、同土地には当時合計五億二八九〇万一〇三五円の債務額あるいは極度額の抵当権が設定されていて、右額は本件土地の価値を上回るものであって、同人には見るべき資産がなかった。一方、同人の債務は、原告に対する本件求償債務二四三五万八九一九円のほかに第三者に対する五〇〇万円の債務があった。

(三)  訴外鈴木芳明は同人の財産状態が右のごときものであってそのうえ更に他人の債務を引受ければ債権者を害することになるのを知りながら、昭和五四年二月二六日被告との間で本件債務引受契約を締結した。

(四)  被告は、前記のとおり、取消されるべき本件債務引受契約に係る公正証書に基づき配当要求をし、七七七万九一〇三円を受領した。

(五)  よって、原告は被告に対し、本件債務引受契約を取消したうえ、右受領した七七七万九一〇三円及びこれに対する右取消しの効果が生ずる本判決確定の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

1. 第一次請求の請求原因に対する答弁

(一)  請求原因1(一)から(三)までの各事実について、鈴木真珠店が昭和五三年一二月八日不渡手形を出し同月一二日取引停止処分を受けたことは認め、その余は知らない。

(二)  請求原因1(四)から(六)までの各事実は認める。

(三)  請求原因1(七)、(八)は争う。2の点についての被告の主張は次のとおりである。

(1) 本件債務引受契約に基づく被告の訴外鈴木芳明に対する債権につき、被告が配当要求をした昭和五四年九月当時既に支払期限が到来していたことは、次のとおり明らかである。

ア 訴外鈴木芳明は昭和五四年四月本件土地を他に売却したが、その売却の条件から見て被告に対する債務を約定どおり支払えないことが明確になったので、その際期限の利益を放棄した。

イ 訴外鈴木芳明は本件債務引受契約を締結した後一度も所定の利息を支払わなかったので、利息の支払を二回以上怠ったときは期限の利益を失う旨の約定に基づき昭和五四年四月末日の経過をもって期限の利益を失った。

ウ 訴外鈴木芳明は債権者株式会社セントラルエンタープライズ他一名の昭和五四年五月一九日作成譲渡担保付債務弁済公正証書により強制執行を受けたから、他の債務により強制執行を受けたときは期限の利益を失う旨の約定に基づき期限の利益を失った。

(2) 仮に、被告が配当要求した昭和五四年九月当時においては被告の訴外鈴木芳明に対する債権につき期限未到来であり、そして期限未到来の債権については配当要求することができないという考え方が成立し得るものとしても、その期限が配当実施のときまでに到来することが明らかな場合は配当要求が肯定されるべきである。

これを本件について見るに、訴外鈴木芳明は昭和五四年一一月五日原告からの二四三五万余円の支払を求める請求を認諾したが、これを支払うことができず、原告は右訴外人に対し昭和五四年一一月三〇日債権差押及び取立命令を得て強制執行した。これは約定の「他の債務により強制執行を受けたとき」に該当するので、このときに訴外鈴木芳明は期限の利益を失ったので、被告の配当要求には瑕疵がないか、配当要求時に瑕疵があってもその瑕疵は治癒された。

(3) 更に仮に被告の配当要求に何らかの手続上の問題があるとしても、実体上被告が訴外鈴木芳明に対し債権を有していることには変りなく、また、原告は一般債権者の立場にあって何ら優先的権利を有しているわけではないから、被告が配当を受けても原告に損害を与えることにはならず、不法行為ないし不当利益の問題を生ずるものではない。このことは民法七〇六条の規定からも明らかである。

(4) 被告は鈴木真珠店の債権者委員会の処理に協力するため裁判所より配当を受けた前記七七七万九一〇三円を他の債権者に対する配当分に充てたため、実質的には右金員のうち多くとも八〇万円しか受領していないので、右の限度でしか利得がない。

2. 第二次請求の請求原因に対する答弁

(一)  請求原因2(一)、(二)の各事実は知らない。

(二)  請求原因2(三)は否認する。

すなわち、本件債務引受契約に係る債務はもともと昭和五三年九月一一日頃訴外鈴木芳明個人が被告から金員を借り入れたことによって生じたものであるが、後日それが鈴木真珠店の事業資金として使われたため、右消費貸借を実体に合わせて確認するのと右鈴木個人から貸金の回収を確実にする目的で昭和五四年二月二六日本件債務引受契約を締結したものであって、右鈴木個人の資産に実質的変動を生じさせるとか、他の債権者の債権回収に実質的に変化を及ぼすというものでは何らない。

(三)  請求原因2(四)は、本件債務引受契約が取消されるべきとの点は争い、その余は認める。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、訴えの変更について

被告が原告の訴えの変更に対して異議を述べているので、この点につきまず判断する。

変更前の訴えは詐害行為を理由に本件債務引受契約の取消しを求めるものであったが、変更後の訴えは、第一次的に、不法行為ないし不当利得を理由に、本件債務引受契約に基づいて訴外鈴木芳明の仮差押解放金取戻請求権につき配当要求したことによって被告が受領した配当金相当額の給付を求めるもの、第二次的に、本件債務引受契約が取消されることに伴って被告が返還すべきこととなる右配当金を原告に直接給付することを求める請求を変更前の訴えに追加するものである。

これによれば、変更前の訴えは本件債務引受契約の詐害性を問題にするものであるのに対して、変更後の訴えのうち第一次請求はその点は全く問題とせず右契約に基づいて配当要求し配当金を受領したことの違法性ないし法律上の原因の不存在を問題にするものであるので、この点のみからは一見両訴えの争点は全く別個のものであるかのように見える。しかし、前記各請求原因に照らせば、両訴えとも被告が受領した配当金の給付を原告が受けることを実質的に意図しているものであることは明らかであり、また、いずれの訴えに係る審理においても本件債務引受契約締結の際及びその前後のいきさつ並びに右契約の内容の解釈が問題となるべきであるから、争点も相当程度共通しているということができる。

したがって、両訴えは請求の基礎に同一性があると認められる。

また、右のように争点が相当程度共通していること等を考慮すれば、本件訴えの変更により著しく訴訟手続を遅延させるとも認められない。

よって、被告の異議は理由がない。

二、第一次請求について

1. 〈証拠〉によれば、請求原因1(一)(原告の保証及び根抵当権設定)、同1(二)(訴外鈴木芳明の連帯保証)及び同1(三)(訴外同栄信用金庫よりの支払請求及び抵当権実行の通知)の各事実が認められる(ただし、鈴木真珠店が昭和五三年一二月八日不渡手形を出し同月一二日取引停止処分を受けたことは当事者間に争いがない。)。

2. 請求原因1(四)(原告の仮差押及び仮差押解放金取戻請求権に対する執行)、同1(五)(被告の配当要求)及び同1(六)(被告に対する配当)の各事実は当事者間に争いがない。

3. 原告の主張は、要するに、本件債務引受契約に基づく被告の債権の支払期限が未だ到来していないのにそれが到来したかのように偽って配当要求し、配当金を受領したことが不法行為ないし不当利得に当たるというものである。

民事訴訟法の旧強制執行手続規定の下においては、一般に期限未到来の債権に基づいて配当要求することはできないとされていたが、一部には期限未到来の債権についても配当要求を認める見解もあり、特に配当実施までに期限到来が見通される債権については配当要求を認める考え方が有力であり、当裁判所もこの考え方が妥当であると解する(なお、現行民事執行法八八条、一六六条二項等参照。)。

これを本件について見ることとするが、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  鈴木真珠店はその代表者訴外鈴木芳明が全面的に実権を持っている会社であったが、昭和五三年一二月負債数億円を有して倒産状態に陥った。

(二)  同店の再建を目指して直ちに債権者委員会が結成され、大部分の債権者がこれに協力することとなり、同委員会は再建のための原資として同店の資産のみならず訴外鈴木芳明個人の資産をも充てる方針をとったが、同人はこれを了承した。しかし、原告は鈴木真珠店に対して有する多くの債権につき抵当権の設定を受けまた訴外鈴木芳明の保証を得ているため、債権者委員会の右方針に反対し、同委員会と対立することとなった。

(三)  訴外鈴木芳明の有する見るべき資産は本件土地のみであったが、債権者委員会は同土地をその地上に存する鈴木真珠店所有の建物と一括して売却して再建のための原資を得ることとし、売却に先立ち右土地建物につき存する原告の仮差押を解放するよう要請したが協力を得られなかったので、売却代金のなかから仮差押解放金として三〇六五万円(本件土地分一五六五万円)を供託して右仮差押の取消しを受けた。

(四)  本件土地及びその地上の建物は、昭和五四年四月に代金合計五億円で売却できたが、右土地建物には債務額あるいは極度額の合計数億円の抵当権が設定されていたこと等のため、右代金中から一般債権者に弁済できたのは各債権額の約九パーセントにすぎなかった。

(五)  被告は、鈴木真珠店の再建のために訴外鈴木芳明個人の資産をも用いるという前記債権者委員会の方針に従うこととし、本件配当要求により受領した配当金の一般債権者への弁済のための原資として提供し、訴外鈴木芳明もこれに異議はなかった。

(六)  被告と訴外鈴木芳明は昭和五四年二月二六日本件債務引受契約を締結し公正証書を作成したが、そこには、債務額二〇〇〇万円、弁済期昭和五八年一二月末日、利息年一二パーセント、利息の支払を二回以上怠ったとき、他の債務により強制執行を受けたとき、他の債務により競売、破産または和議の申立てがあったときは当然期限の利益を失う旨等の定めがある。

そして、被告が昭和五四年九月二八日本件土地に係る前記仮差押解放金取戻請求権に対し差押及び取立命令を得て配当要求をし、原告が昭和五四年一一月三〇日右取戻請求権に対し差押及び取立命令を得て執行し、更に被告が昭和五五年一〇月二九日七七七万九一〇三円の配当を受けたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

以上の事実によれば、被告が配当要求した昭和五四年九月当時において資産状態から見て訴外鈴木芳明あるいは鈴木真珠店が本件債務引受契約に基づく債務の履行を約定どおり行うことはほとんど不可能な見通しであったと推認されるところ、被告は前記債権者委員会の方針に従うこととし、訴外鈴木芳明もこれを了承していたのであるから、前記仮差押解放金の取戻請求権につき配当要求する際に、いつにても、訴外鈴木芳明が執行を甘受して期限の利益を放棄するか、両者において合意により弁済期を繰り上げる等して容易に支払期限を到来させ得たはずであったと推認される。

したがって、仮に被告が配当要求した当時において本件債務引受契約に基づく債務の支払期限が到来していなかったとしても、配当実施までに期限到来が見通されたということができるから、被告の本件配当要求は違法ではなく、また配当金を受領しても原告に損害を与えるものではない。

なお、被告は訴外鈴木芳明の約定利息の不払により期限が到来したとして本件配当要求をしたことが窺えるが、仮にそのときに実際は期限未到来であったとしても、いずれにせよ前記のような理由により適法に配当要求できたはずであるから、被告が配当金を受領したことは結局は何ら原告に損害を与えるものではない。

よって、被告が本件配当要求をして配当金を受領したことは不法行為ないし不当利得に当たるものではないから、原告の第一次請求は理由がない。

三、第二次請求について

本件債務引受契約締結の詐害性について直接判断する。

1. 〈証拠〉によると、訴外鈴木芳明は昭和五三年九月一一日頃被告より二〇〇〇万円を借り受けたが、右金員が鈴木真珠店の事業資金に用いられたことによって同店の帳簿に借入金として計上されていたところ、昭和五三年一二月同店が倒産状態に陥ったため、被告の申し入れにより、貸借の実体を確認し、それとともに貸金の回収を確実にする目的で、昭和五四年二月二六日被告を同行したうえで公証人のところへ出頭し、本件債務引受契約を締結し、公正証書を作成したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2. 右によれば、本件債務引受契約の締結は実質的に訴外鈴木芳明の債務ないし負担を増加させるものではないから、債権者に対する詐害性を有しないということができる。

よって、原告の第二次請求も理由がない。

四、以上の次第で、原告の請求は第一次請求、第二次請求とも理由がないから、これらをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩淵正紀)

〈以下省略〉

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